今日の授業
今日の授業では、関数の合成に関する記法の話から脱線して、フレネル積分を紹介する流れに。
私「例えば集合$X$から$X$自身への写像$f$について、$f^2(x)$は普通$f(f(x))$の意味で使われるよ」
生「へえ」
私「でも、三角関数の場合には事情が違っていて、$\sin^2 x$と書くと$\sin (\sin x)$ではなく、$\sin x$の$2$乗の意味で使われるんだよね」
生「あーそれは見たことある」
私「個人的にはこれは混乱を招き兼ねない記法だと感じていて、$(\sin x)^2$のほうが意味がはっきりすると思うんだ」
生「えー?(見慣れない書き方に少し不満げ)でもその書き方でも、カッコ無しの$\sin x^2$で意味は通じない?$\sin$の中に$x^2$を入れることなんて無いんだし」
私「いや、あるんだなそれが。それがフレネル積分というやつで・・・」という会話を経てフレネル積分
\begin{align*}
\int_{0}^{\infty} \sin(x^2)dx=\sqrt{\frac{\pi}{8}}
\end{align*}
を紹介。この積分の値を求めることは、複素関数論のよく知られた演習問題で、一緒にそれを解いて確認した。
(私も普通は$\sin^2 x$を$\sin x$の$2$乗の意味で使っていますが、数学ってこういうところに小さな落とし穴があったりしますよね)
基本対称式と差積
授業で解いた問題を、生徒さんと一緒に膨らませていたら、面白そうな事実が出てきたのでメモ。
$n$個の変数$x_1,x_2,\cdots,x_n$の基本対称式を$s_1,s_2,\cdots,s_n$とする。つまり、
\begin{align*}
s_1&=x_1+x_2+\cdots+x_n \\
s_2&=x_1x_2+x_1x_3+\cdots+x_{n-1}x_n\\
& \vdots \\
s_n&=x_1x_2 \cdots x_n
\end{align*}
とする。$\mathbb{R}^n$から$\mathbb{R}^n$への写像$F$を
\begin{align*}
F(x_1,x_2,\cdots,x_n)=(s_1,s_2,\cdots,s_n)
\end{align*}
と定めるとき、この$F$の$x=(x_1,x_2,\cdots,x_n)$におけるヤコビアン$|(DF)_x|$は差積に一致する。つまり、
\begin{align*}
|(DF)_x|=\prod_{i<j}(x_i - x_j)
\end{align*}
が成り立つ。証明は基本変形と帰納法でできる。
なんかこれ、基本的な事実な気もするし、ものすごくどこかで使えそうでもあるけど、対称式の理論で使われていたりするのだろうか。
Poissonの和公式の感覚的な導出
前回の記事では$\sum_{n=-\infty}^{\infty} q^{n}$のデルタ関数としての解釈について書いたが、$q$は周期$1$なので、実数全体では各整数上のデルタ関数、すなわち
\begin{align*}
\sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{2\pi inz}=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\delta(z-n)
\end{align*}
だと解釈できそうだ。この解釈を用いると、Poissonの和公式を次のように導くことができる。
急減少関数$f$に対し、そのFourier逆変換は
\begin{align*}
f(x)=\int_{-\infty}^{\infty} \hat{f}(y)e^{2\pi i xy}dy
\end{align*}
で与えられる。ここで、$x$を$x+n$としたものをすべての整数$n$にわたって足し合わせ、次のように変形していく。
\begin{align*}
\sum_{n=-\infty}^{\infty}f(x+n) &=\int_{-\infty}^{\infty} \hat{f}(y)\sum_{n=-\infty}^{\infty}e^{2\pi i (x+n)y}dy \\
&=\int_{-\infty}^{\infty} \hat{f}(y)e^{2\pi i xy}\sum_{n=-\infty}^{\infty}e^{2\pi i ny}dy \\
&=\int_{-\infty}^{\infty} \hat{f}(y)e^{2\pi i xy}\sum_{n=-\infty}^{\infty}\delta(y-n)dy \\
&=\sum_{n=-\infty}^{\infty} \int_{-\infty}^{\infty} \hat{f}(y)e^{2\pi i xy}\delta(y-n)dy \\
&=\sum_{n=-\infty}^{\infty} \hat{f}(n)e^{2\pi i nx}
\end{align*}
$2$行目から$3$行目にかけて、上記のデルタ関数の解釈を用いた。この式で$x=0$を代入すれば、Poissonの和公式が得られる。
この証明は厳密なものではないが、実際に超関数の理論の枠組みでこの証明を正当化することもできる。ただ、私自身の理解がまだ浅いのでそれについては書かない。
この導出方法は、「すべての整数$n$にわたって$f(x+n)$を足し合わせると、Fourier逆変換の方では波$e^{2\pi i ny}$がすべての整数$n$にわたって足し合わされていることになり、振動数$y$が整数でない波たちは打ち消し合って消えてしまい、振動数が整数の部分だけ残る」という直感的な解釈ができるため、感覚的に理解できた気持ちになれる。
$\sum_{n=-\infty}^{\infty} q^{n}$のデルタ関数としての解釈
前の記事では初期条件として$\theta(x,0)=\delta(x)$、つまり$x=0$で温度が無限大、それ以外で$0$としたときの温度$\theta(x,t)$が満たす熱伝導方程式
\begin{align*}
\frac{\partial^2 \theta}{\partial x^2} = 4\pi \frac{\partial \theta}{\partial t}
\end{align*}
の解が
\begin{align*}
\theta(x,t)= \sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{-n^2 \pi t }e^{2n \pi i x}
\end{align*}
となることに触れた。さて、ここで逆に$t \to 0$とする。するとこのとき$\lim_{t \to \infty}\theta(x,t)=\delta(x)$となってほしいのだが、一方で上記の級数は
\begin{align*}
\lim_{t \to 0}\theta(x,t)"=" \sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{2n \pi i x}
\end{align*}
とでも書きたくなるものである。この右辺の級数は任意の$x$で収束しないので意味を持たない級数だが、最近たまたま知人にこの級数とデルタ関数との関係について、次のような大変興味深い解釈があることを教えてもらったことを思い出したので、ここに書くことにする。
(なお、デルタ関数を熱伝導方程式の解の極限としてみたとき、上記の級数が現れることはこれまで意識してこなかったため、いま書きながらとても興奮している。)
まず実変数$x$を複素変数$z$に変え、$q=e^{2\pi iz}$とする。そしてこの級数の右辺を
\begin{align*}
\sum_{n=-\infty}^{\infty} q^{n}&=\sum_{n=0}^{\infty} q^{n}+\sum_{n=1}^{\infty} q^{-n}\\
&=\frac{1}{1-q}\Big|_{q<1}+\frac{q^{-1}}{1-q^{-1}}\Big|_{q>1}\\
&=\frac{1}{1-q}\Big|_{q<1}-\frac{1}{1-q}\Big|_{q>1}
\end{align*}
と書く。これは無茶苦茶な変形だが、こう書くことによって、以下の通りコーシーの積分公式との関連が生まれ、この級数がデルタ関数と同じ役割を果たすことになる。
実際、適当な領域で正則な関数$f$に対して、
\begin{align*}
\int_{-1/2}^{1/2}f(z)\sum_{n=-\infty}^{\infty} q^{n}dz
&= \int_{-1/2}^{1/2}f(z)\left(\frac{1}{1-q}\Big|_{q<1}-\frac{1}{1-q}\Big|_{q>1}\right)dz\\
&= \int_{l^{+}}\frac{f(z)}{1-e^{2\pi iz}}-\int_{l^{-}}\frac{f(z)}{1-e^{2\pi iz}}dz\\
&= \int_{C}\frac{f(z)}{e^{2\pi iz}-1}dz\\
&=f(0)
\end{align*}
ここで$l^{+}$は$-1/2$を始点、$1/2$を終点とする上半平面上の道、$l^{-}$は$-1/2$を始点、$1/2$を終点とする下半平面上の道であり、$C$は半径$1$の円周に正の向きを入れたものである。
最終的にコーシーの積分定理から$f(0)$が出てきており、これにより$\sum_{n=-\infty}^{\infty} q^{n}$がデルタ関数と同じ役割を果たしていると見ることができる。
このような解釈は佐藤超関数の理論と関係があるようなのだが、それについては残念ながら分からない。
テータ関数と熱伝導方程式
リーマンゼータ関数の第二の積分表示に用いられるテータ関数$\theta(t)$
\begin{align*}
\theta(t) =\sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{-n^2 \pi t } \hspace{5mm}(t>0)
\end{align*}
は、熱伝導方程式と関係がある。これはよく知られた事実だと思うが、自分ではいままで物理的な側面を意識してこなかったので、ここでまとめる。
まず、一次元の長さ$1$の金属棒の位置座標を$x \hspace{2mm}(-1/2 \leq x \leq 1/2)$とし、時刻を$t$としたとき、位置$x$、時刻$t$における温度$\theta(x,t)$は、熱伝導方程式
\begin{align*}
\frac{\partial^2 \theta}{\partial x^2} = 4\pi \frac{\partial \theta}{\partial t}
\end{align*}
を満たす。ただし、熱拡散率$1/4\pi$は都合の良いように設定している。この微分方程式は変数分離法で特殊解を求めることができ、その解は
\begin{align*}
\theta(x,t)= \sum_{n=-\infty}^{\infty} a_n e^{-n^2 \pi t }e^{2n \pi i x}
\end{align*}
と書くことができる。実際にこの右辺が熱伝導方程式を満たすことは簡単に確かめられる。ここで$t=0$における初期条件$\theta(x,0)$が与えられたとき、係数$a_n$は
\begin{align*}
a_n= \int_{0}^{1} \theta(x,0)e^{-2n\pi i x} dx
\end{align*}
で与えられるから、初期条件として$\theta(x,0)=\delta(x)$、つまり$x=0$で温度が無限大、それ以外で$0$とすると、上記から
\begin{align*}
a_n= 1
\end{align*}
となり、求める解は
\begin{align*}
\theta(x,t)= \sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{-n^2 \pi t }e^{2n \pi i x}
\end{align*}
となる。これは楕円関数の本などで$\vartheta_3$とか書かれるものに対応する。ここで$x=0$とすれば
\begin{align*}
\theta(0,t)= \sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{-n^2 \pi t }
\end{align*}
となり、これがリーマンゼータ関数の第二の積分表示の際に用いた関数$\theta(t)$である。
つまり、$\theta(t)$は金属棒のある1点における温度の時間発展の様子を表していると見ることができる。
このような見方はリーマンゼータ関数の解析的性質を導き出す際に特に有効なものではないかもしれないが、おそらく歴史的にはテータ関数はこういった物理的なところから現れてきたものであり、それがリーマンゼータ関数という極めて純粋数学的な数学的対象に結びついたことは、とても面白く感じる。